百年の孤読

本とコーヒーは人生のガソリン。アメリカの片隅で、児童書から洋書まで本をこよなく愛する女の孤読の記録

孤立無援の犯罪被害者が真犯人と戦う心理サスペンス、オーディオブックが素晴らしい『The Girl Who Lived』(Christopher Greyson)

 四人が殺害された凄惨な殺人事件で現場から一人逃げ出すことに成功し生き延びた少女フェイス。彼女はその後10年の時を経ても事件から立ち直ることができない。アルコールや喫煙に依存し、自殺願望や他害衝動があると診断されて精神科の施設への入退院を繰り返す日々を送ってきた。23歳となりついに施設の外での生活を始める彼女だったが、彼女の生きる目的はただ一つ。自分だけが姿を目撃している事件の真犯人に復讐を果たすこと。しかし、彼女の精神状態から目撃証言は誰にも信じてもらえない。フェイスは自ら犯人を見つけ出し目的を遂げることを決意するが・・・。 Jack Stratton刑事シリーズで人気のクリストファー・グレイソンによる心理サスペンス。
==== 

The Girl Who Lived: A Thrilling Suspense Novel (English Edition)

The Girl Who Lived: A Thrilling Suspense Novel (English Edition)

 全体的に英語が比較的平易、文学ではなくエンターテイメント系の小説とあって抜群の読みやすさです。もしかして私の英語力が上がったのかと浮かれたけれど、この次に読んだ小説がちんぷんかんぶんで、それが単なる勘違いと思い上がりだったことが判明。この小説が小難しい表現や単語を使っていないだけだったという・・・がっかり。

 小説が精神科の施設から始まった時は、「ま、また!?」と半ば愕然とした気持ちになったけれど(このところ立て続けに偶然それ関連の本ばかり読んでいるのです)、周囲にすっかり心を閉ざしている主人公を担当するその施設の精神科医が好人物として描かれていて、彼女と信頼関係を築けているのがよかった。

“Your job is to ask me questions. Why do you ask me if you can?”
“To make sure you’re comfortable with what I’m doing. To show that I respect your boundaries. To please my mother.” Dr. Rodgers grinned.
「先生の仕事は私に質問することでしょ。なんでそうしていいかどうか私に聞くわけ?」
「私がしようとしていることをいいと思ってくれているかどうか確かめるため。あなたとの境界を大切にしていることをわかってもらうため。(人に礼儀正しくして)母を喜ばせるためですよ。」
ロジャーズ医師はにっこりと笑った。

 やっぱり「精神科=コワいところ、ヤバいところ」みたいなステレオタイプはいいかげん控えてほしいので。住んでいる街で流行っている脱出ゲーム施設でも、「精神科病棟から脱出せよ!ドクター〇〇が町中に猛毒ウィルスをまく前に!」とかいうテーマの脱出部屋を作って、患者団体から「世間に偏ったイメージをばらまかないでほしい」というコメントを寄せられるという出来事があった。アメリカでも、まだまだ精神科病棟や精神科の医療関係者には偏見が根強いようです。たとえフィクションの世界であっても、患者思いの誠実な精神科医が出てくると、よかったなあと心から思う。

 話を小説に戻します。主人公の女性フェイスは、精神科施設を出て自由に生きることを望んでいたのに、十代のほとんどをそこで過ごしたせいで現実の世界でどう生きていいのかわからない。

She’d always thought that if this day ever did come, she’d rip open the doors and run screaming into the sunshine—but right now, she wanted to turn around and race through to the inner offices, down the white hallways, past all the locked doors and guards, until she was back safe in the belly of the place. This world she understood.
(もしもこの日が来たなら、思い切りドアを開け太陽に向かって大声で叫びながら駆け出して行くだろうと思っていたのに。今は、回れ右をして、病院の事務所、白い廊下、施錠されたドアや見張りを駆け抜けて、安全な場所まで戻りたかった。自分がよく知っている世界まで。)
Chapter3より

 出所後24時間ももたずにアルコールに逃避してしまうフェイス。周囲を失望させ、ますます孤立してく彼女が悲しい。
 この主人公の弱さを受け入れられるかどうかが、先を読み進められるかどうかの分かれ目でしょう。「コイツ、なんでこんなにバカなの?」と思う人は読めない。本のレビューを寄せるサイトでは、そういう人による辛辣な批評も結構あった。私は、『The Girl On The Train』といい、この小説といい、社会的にうまく機能できず何かに依存してしまう人物がどうも他人事と思えず、愚かだと切って捨てることなどとてもできない。私も家族も何かのきっかけ簡単にこういう依存の罠にはまる、これは自分が歩むかもしれない人生なのだ、と自分の物語として読んだ。
 こういう人が精神科を退院後どういう生活を送るのか、主人公の日常生活のスケジュールもとても興味深かった。仮釈放された囚人よりも自由が無いんじゃないかというくらい詰め込まれた予定、それをきちんとこなすことが一般社会で生活するこの条件になっている。犯罪被害者の会と断酒会(いわゆるAA。輪になって座って依存や回復に至った体験談を語り合う映画とかドラマにもよく出てくるミーティング)のミーティングに両方毎回強制参加、そしてミーティングの開催者にきちんと参加したことを証明する書類ももらわなくてはならない。それらの証明書や、社会復帰のために行った行動を証明するもの(就職の面接を受けたとか)をそろえて、保護観察官みたいな人とも定期的に面会、もちろん精神科医とも定期的に会って診察を受けなくてはならない。これらをさぼったりすると、施設に送り返されてしまう。精神的に病んでいた人が一人で乗り切るには、プレッシャーが大きい生活と感じた。
 しかし、主人公はそのどれにも身を入れられず、断酒会では逆に飲みたい気持ちが増すばかり。 犯罪被害者の会では、まずその会の名前「Survivors Support Group」が気に入らないと言って孤立する。

“You’d figure a group of survivors would be high-fiving each other or something, but it doesn’t work that way, does it? Instead, it sucks. Yeah, we survived—but for what? It’s like a guy who survives a fall from an airplane with no parachute. Yeah, he survived, but he’s so busted up he’ll never be okay. Everything inside him is broken. He’ll never be right. And we call him a survivor. It’s a joke. His whole life is one big walking nightmare. Just like ours.”
(「生き残ってハイタッチかなんかしてお祝いするグループって感じ? でも、そんなわけないでしょ。それどころか最低じゃない。そう、私たちは生き残った。でも何のために? 飛行機から落ちてパラシュート無しで助かった人みたい。そう、その人だって生き残った。でも、めちゃくちゃになっちゃって絶対大丈夫にはならない。その人の内部は全部壊れてる。ちゃんと治ることは絶対無い。そして、私たちはそんな人を”生き残った人”と呼ぶ。ふざけてる、その人の一生は歩くでかい悪夢だっていうのに。私たちの人生みたいにね」) Chapter 9より

 命だけ助かったって、自分の魂はもう死んでいるようなもの。だから、自分を大切にすることもできず、飲酒に逃避したりあまり深く考えず向こう見ずで危険な行動をとったりしてしまう。このSurvivor's Support Groupの個々のメンバーのそれぞれの経験も壮絶。こんな理不尽な運命を背負って生きている人が、現実の世界で実際にたくさんいる。 これ以上の苦しみがあるんだろうか。でも、このグループのメンバーと主人公の交流は唯一この小説の救いであり希望かな。

 まあ、「真犯人は〇〇だった!びっくり!」みたいなオチは、正直あまりどうでもよくて、そこに至るまでの登場人物全員どいつもこいつも怪しくて誰も信じられない孤立感と恐怖感が増していく過程はすごかった。 映画『テキサス・チェーンソー』の「パトカーが来た!これで助かった!!おまわりさーん!」と助けを求めたら、そいつまで悪徳警官であちら側の人とわかった瞬間のあの絶望を本で追体験した。 

 そして、この登場人物の多い緊迫感あふれるストーリーを読み上げるオーディオブックの朗読が素晴らしい! 
今回は、小説の「起承転結」の「起」の部分はじっくりと電子版を読み、「承」と「転」の部分は主にオーディオブック、「結」の部分はじっくりと活字、という感じで「読む」「聴く」の両方で読了したのだけど、オーディオブックがこれほどストレス無く聴けたのは初めてではないかと思う。もともとの小説の英語が簡単なこともあるけれど、ナレーターの技量がすごい。たいてい、女性ナレーターが男性のセリフを読んだり、男性ナレーターが逆に女性のセリフを読んだりすると、「声のトーンを下げて(あるいは上げて)、頑張って異性の声を作ってるなあ」とか、努力の跡を感じてしまってしばし内容に集中できなくなったり、何人もが参加している会話の箇所などは「あれ、今のは誰のセリフだったんだっけ」「ん?これは地の文なの?セリフなの?」となってしまうんだけど、この作品ではまったくそういうことが無かった。つまり、登場人物の数だけ、声・口調・話すスピードを注意深く設定し、うまく切り替えてくれたということ。その各々が、私が頭で想像していた登場人物たちのイメージに近く、イメージしづらかったキャラクターをイメージするのを助けてくれた。ナレーターはAmy McFaddenさん。すごいなあ。まるで多重人格みたいに、サイコ野郎から老女、ティーンネイジャーまで、多種多様な登場人物の声を自由自在に鮮やかに操っていた。ナレーション専門の女優さんみたいだけど、また是非ほかの作品でもお声をお聞きしたい。

  最後に、今回の小説で学んだ英語の覚書き。
 主人公のアルコール依存は、この物語でかなり鍵を握る部分でもあるので、お酒に関する英語表現がかなり出てきた。まず、以前から「ビールとかワインとかウィスキーとか、種類を分けずに酒類全般を指す呼び名は何なのか、alcoholでよいのか?」ともやもや思っていたけれど、カジュアルな会話の中では「booze」でいいようですね。今回の本は、会話でも地の文でもbooze連発でした。

"And you need to lay off the booze. "
(「それに酒もやめるんだな」89ページ)

he looked like he’d aged much more than that. Probably the booze, Faith thought as she noticed his fully loaded shopping cart.
(彼は実際よりずっと老けて見えた。多分酒のせいだろう。酒でいっぱいのショッピング・カートに気付いてフェイスは思った。98ページ)

 あと、しらふの状態は「sober」、これは『The Girl On The Train』でもこの小説でも本当によく出てくる単語でした。名詞形のsobriety(しらふ、禁酒)も結構出てきたかな。

..., but even if she'd been sober, she couldn't have caught up to a speeding car.
(たとえしらふでも、加速している車に追いつくことはできなかっただろう。51ページ)

 逆に、べろんべろんな状態を表現するには、以下のような言い方もあるようで。いきなり会話の中に、こんな言い方が出てきた時には、「なんで突然シーツの話?」ってかなり混乱しましたが。

"I heard from a couple of people that you were three sheets to the wind." 
(「君が泥酔してたって、2,3人から聞いたよ」
three sheets to the wind=かなりよっぱらってる)

 主人公が精神科にかかっているという設定なので、それ系の単語ももちろん頻出。精神科医は「shrink」、これはほかの小説の会話でもよく出てくるので、かなり一般的なスラングみたいですね。Headshrinker→shrinkという流れでshrinkと呼ばれるようになったとか。こんなの知ってなきゃ絶対理解できん。

“What’s your deal? You a shrink?”
(「どういうこと? あなたって精神科医なの?」79ページ)

Dr. Melding was running late. That made her nervous. Shrinks are never late.
(メルディング医師が遅れている。そのせいでフェイスは不安になった。精神科医は決して時間に遅れないものだ。155ページ)

 あと精神科病院の言い方も、nuthouse、mad house、funny houseなどなどいろいろ出てきましたが、これらはどちらかと言うと自虐的に自分のことを話す時に使うような感じはよくても、「君はfunny houseから戻ってきたばかりなんだってね」みたいに言ったら、パンチされるような言葉なんだろうと思います。shrinkのほうは、普通に使って良さそうですけど。
 
 恒例の「英語の人名勘違い」ですが、今回は「Nyah」さん。女性です。「ニャーさん? ベトナムとかそっち系の出身という設定かな?」と思って読んでいたら・・・オーディオブックで違うと知りました。「ナイアー」さんだそうです・・・。日本語も英語も人名は難しいなあ。

精神科病院の閉鎖病棟が舞台の二冊:『The Key』(by Kathryn Hughes )と『Asylum: Inside the Closed World of State Mental Hospitals』(Christopher Payne)

 1900年代中頃にマンチェスターにあったアンバーゲイト精神病院は、現在は廃墟と化していた。かつてその病院の関係者だった人間を身内に持つ者として、サラは病院の歴史を本にして後世に残すべく、廃墟が足しげく取材に通う。そして、元患者の物と思われるスーツケースを見つけ・・・。現在と過去、3人の女性を中心に繰り広げられるドラマが描かれた小説『The Key』は、英国の作家キャスリン・ヒューズの第三作目の小説。

The Key: The most gripping, heartbreaking book of the year (English Edition)

The Key: The most gripping, heartbreaking book of the year (English Edition)

Read more

孤読を忘れる楽しい放談集その2『文学賞メッタ斬り!』(大森望, 豊崎由美)

 先日、こんなニュースがひっそりと流れた。

www.sankei.com
 日本人なら、本好きじゃなくても芥川賞とか直木賞とかは、ニュースや本屋でいやでも目や耳に入ってきてしまうもの。でもこの二人が選考委員を務めていたということを知っている人は、あまりいないのではないかと思う。

Read more

孤読を忘れる楽しい放談集その1『ベスト・オフ・映画欠席裁判』(町山智浩、柳下毅一郎)

 映画評論でご活躍のお二方が、様々な映画を俎上に上げて好き放題言い散らしている放談集(漫談集?)。間違っても「対談集」ではありません。溢れる知識と偏った趣味をバックに、映画を愛で毒を吐き、しゃべり倒している様子が活字になった本。自分のことを上品だと思っている人は読まないほうがいいし、この本で「良い映画を知ろう」とか間違っても思わないほうがいい。

Read more

トイ・ストーリー4公開記念! 『To Pixar And Beyond』by Lawrence Levy (日本語版題名:PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話)

ピクサー社の元CFO、ローレンス・レヴィ氏による回顧録。著者は、『トイ・ストーリー』の第一作が公開される一年前から、ディズニーがピクサー社を買収する時期まで、ピクサーのCFOや取締役だった。

To Pixar and Beyond: My Unlikely Journey with Steve Jobs to Make Entertainment History (English Edition)

To Pixar and Beyond: My Unlikely Journey with Steve Jobs to Make Entertainment History (English Edition)

PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話

PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話

Read more

Miss Peregrine's Home for Peculiar Children by Ransom Riggs (日本語版題名『ハヤブサが守る家』『ミス・ペレグリンと奇妙な子供たち』)

 ジェイコブは、フロリダに住む孤独な15歳の少年。ある日、敬愛する祖父が凄惨な死を遂げる。その間際に目にした奇怪な生物、自分に向けられた祖父の最期の言葉の意味は何だったのか? ジェイコブは、その謎を追ってウェールズの孤島へと旅立つ。そこで彼に起こったことは・・・?

Read more

叙述トリックを使った小説が、頭に来る

 タイトルの通りです。
 読後に「やられた!そうだったのか!」という気持ち良い騙され感ではなく、納得の行かない感だけが残ってなんか頭に来てしまう。たとえ、どんなに精密にトリックが練り上げられていて、内容や文章に破綻が無いとしても。「裏切られた!時間返せ!」と思ってしまうのです。その裏切られる感じが好きで面白いと思う人がいるからこそ、次から次へといろんなトリックが考案されて、作品が発表され続けられているジャンルだとは思うのですが、私は無性に頭に来ます。簡単に騙された自分が、ものすごく頭悪い感じがするせいでしょうかね。

Read more